2008年8月29日金曜日

セキュリティは安全か

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インドには、実に様々な仕事がある。
この背景には、富の分配と言う慣習がある。
富の分配は、多くは寺院への寄進という形で行われるが、時として仕事の分業という形でも行われている。
その分業の一つにセキュリティという仕事がある。
日本でも警備と言う仕事があるが、名前は同じでもやっている内容は少し異なる。
大きな家の前には必ず椅子が置いてあり、そこに制服を着たセキュリティが座っている。
インドのセキュリティは、じっと椅子に座っているのが仕事である。
来訪者の取次ぎは、セキュリティの仕事ではない。
セキュリティの多くは、地方から来た人が多い。
そのため、地元の言葉も英語も話せない。
したがって、訪問者との会話が全くできないのである。
この面から言えば、番犬と同じである。

外からの脅威はセキュリティが守ってくれるが、内からの脅威はセキュリティには守れない。
何故なら、セキュリティ自体が脅威だからだ。
したがって、家の鍵は絶対にセキュリティに渡してはいけない。
地元の新聞などでは、セキュリティが彼の友人を誘導する危険性も論じられているくらいである。
私たちの住む家にも2人のセキュリティが12時間交代で24時間、椅子に座っている。
仕事と言え、何故、何もしないでじっと椅子に座っていられるのかが不思議で堪らない。
時々、私の好奇心が頭をもたげるが、何故か理由は聞けない。
言葉の問題だけではなく、多分、聞いてもその答えを私が理解できるとは思えない。

もう一つ、セキュリティで不思議なのは、新聞配達の人や牛乳配達の人と時々、会話をしている。
セキュリティは、バンガロールから遠く離れたオリッサ州から来ている。
彼の言語はヒンドゥである。
地元の配達人の言語はカンナダで日本語と中国語くらいに異なるハズである。
それが、どうして会話ができるのか不思議である。
インドは身近にも不思議な事が沢山ある。
不思議は解明しないから不思議である。
セキュリティに纏わる二つの不思議は、当分は不思議のまま、とっておく事にする。

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